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2008-08-18

海外でのプレーがもたらしたものは?

北京オリンピックに出場した日本選手では、本田圭祐が多くの批判を受けている。
ただ良くも悪くも話題になる選手は幸せだ。
今回はそれほど”海外組”とくくられる事はなかったが、この年代の候補選手には
本田の他にも水野晃樹、森本貴幸がいた。
トップでの出場からながく離れている水野の落選は致し方なかったが(個人的には
極めて残念だったが)、森本は最終メンバーに滑り込み、先発で試合出場も果たした。
ただし話題になることが極めて少ない印象は受ける。

森本は”和製ロナウド”と呼ばれ東京ヴェルディでJリーグ史上最年少出場を飾った。
プレー面でロナウドめいたものを見せるわけではなかったので、メディアの煽りよりは
冷ややかに期待の若手の一人、といった感じで見ていたのだが、当時今より遥かに
力を入れてみていたジェフ千葉が初ゴールを許したりするものだから、少し注目の
度合いを強めてみたりもした。
その後セリエA・カターニアに移籍。試合出場とゴールも記録して、ポテンシャルを
秘めていることは引き続き感じさせていた。

けれども北京オリンピックのため召集されたU-23の壮行試合、本大会では強烈な
印象を受けることはなかった。
ボールを受けても無難に後ろにはたく、決定機のシュートはミートしない・・・その他
大勢の日本人FWと変らないプレーヤーとなっていた(ワントップでの起用など同情
すべき点もあるが)。

これを見て、永井雄一郎の事を思い出した。
永井雄一郎はしなやかなフェイントと独特のステップのドリブルでJリーグに華麗に
デビューした。その後ブッフバルトに請われドイツのカールスルーエでプレーしたのだが、
ここでポストプレーや長身を生かした競り合いなど本来のプレーと違うものを要求される。
その結果どうなったかを、1999年のワールドユースナイジェリア大会で見る事になる。
永井雄一郎はFWの一角として常時出場を果たしたが、得点は取れずまたプレーにも
積極性がなく迷いが感じられた。
トルシェがわざわざ呼び寄せ二大会連続出場をさせた選手だが、正直(わざわざ
呼ぶ程のFWか・・・)と思ったものだ。
ただ永井のポテンシャルの高さを印象づけてくれたのもこの大会だ。
準決勝のウルグアイ戦、永井はしなやかなステップで相手をかわし、勝ち越しとなる
美しいゴールを決めた。得点の数と活躍の多さではもう一人のFWである高原に軍配
が上がるが、鮮烈な記憶として残るのはこの永井雄一郎のワンプレーである。

この後Jリーグの浦和レッズに復帰した永井は、常時先発出場は難しいものの、サイド
にまわったり大舞台で得点をあげるなど随所に素晴らしいプレーを見せてはいる。
けれども(あのドイツ時代がなければ、もっと個性を生かした選手になったのではないか)
という思いもある。

異文化での生活、言葉の問題、チーム内でのコミュニケーションなどピッチ以外でも
海外でプレーすることにより得るものは多い、とはわかっている。
けれども今回U-23代表チームでの森本のプレーを見ながら、果たして今イタリアに
いることがプラスになっているのだろうか、と疑問は感じた。

僕たち「海外組」がホンネを話した本―フロンティア精神に学ぶ世界で勝つためのサッカー論
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