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2008-09-11

岡田監督では点をとるのは無理、の理由

前回、代表監督の戦術評価は”いかに点をとるか?”とし、岡田では結果を出せないだろうと
した。今回は、その理由について。

まず岡田はDF出身、所属した古河電工はJSLの強豪であったが、外国人監督も
外国人選手もいない純国産チームだった。また日本代表に選出された'80年代の監督
も日本人。
今と変わらずなかなか得点がとれないという課題があった当時の日本で攻撃力が
評価されていたのは、選手はもちろんいち早く監督(コーチ)を海外から招聘した
読売クラブなどであり、これは攻撃の戦術やアイデアを海外から吸収できた事が大きい
と思う。
岡田は現役時代にそうした海外からの影響を受ける機会がほとんどなかった。

指導者の始まりとなるジェフではサテライトを指揮、トップチームの監督は日本人だった。
そしてまた、日本代表コーチとなった時の監督は加茂周。
岡田の不幸はこの時に緊急でコーチから監督に格上げ、ワールドカップ出場を遂げた事から。
その後は名将と持てはやされ、トップチームの指揮しかできないようになった。代表監督から
外れた後のキャリアをJ2からリスタートさせたのは立派だが、常に注目される存在のためじっくりと
力を養う、あるいは外国人指導者とともに指揮をする機会を得ることができず、その多くを堅実で
パターン化されたサッカーで過ごしてきている。

岡田のサッカースタイルは加茂時代の日本代表の類型に見える。
ともに前からプレスをかけて、攻撃に関しては中心選手を置くことで成立させている。
若手選手を加えていくのは、自身が代表チームに選出されていた当時の森監督が
そうしていたし、ラグビーの言葉を使うのは古河時代の清雲監督の影響かもしれない。
リッピのサッカー観に共感しているともいうが、憧れとやれる事とは違い、実力とは多くの
場合で実際の経験から得られるものだ。
横浜マリノスで勝つためのサッカーは実感できただろうが、選手としても指導者としても
経験したことがない、仕掛けて点をとれるチームづくりは絵に描いた餅で終わった。
外国人指導者とともに現場にいた経験が乏しい岡田には”いかに点を取るか?”の
戦術指導は難しいように思う。

岡田のポテンシャルを評価する人は多いから、これから経験を積むうちにもしかしたら
自ら実力を養うことができるのかもしれない。
けれども代表を監督育成の場として使わせるのは、止めて欲しい。
結果的にトルシェにはキャリアアップ、ジーコには監督入門の場となり、ほとんど何も残らなかった。
だから日本人監督なのだ、ともなるだろうがフランス後の岡田は「協会の敷居はまたがない」と
言って日本サッカー全体には携わらなかったし、果てはサッカー界からもさっさと身を引くような
感じだった。本当かどうかは知らないが、今の代表監督が終わったらまたサッカーには関わらない
と言っているともいう。
これでは帰国すれば終わりの外国人監督と同じで、日本サッカーにはまた何も残らない。
せめて今後の指針となるような日本が点をとるためのスタイル、あるいは世界にインパクトを与える
試合でも残してもらわないと、世間の代表不人気のごとく、自分の中でも代表への熱が冷めて
しまって仕方がない。
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theme : サッカー日本代表
genre : スポーツ

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