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2010-06-02

イミテイション・ゴールド

自分の目にしていない試合やチームの事は、極力扱いたくない。
そういう意味では、今回は邪道だ。

====================

フランスワールドカップの日本代表を率いた岡田武史監督が
選んだ最初のチーム、J2のコンサドーレ札幌。
そしてその後が、Jリーグ連覇を成し遂げた横浜Fマリノス。

いずれも当時のリーグ戦はほとんど見ていない。
マリノスの優勝決定の時やA3での戦いは見たものの、
そこで導かれた岡田監督のサッカーは

”守って、決定力のあるFWに点を取ってもらう”

というもの。

そんな岡田監督が再び日本代表監督に就任した時、
”接近・展開・連続”などというサッカーを打ち出して
きたものだから”?”となった。

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大木武監督が率いていた頃のヴァンフォーレ甲府も、
ほとんど見た事はなかった。

噂では”パスをつないで、面白いサッカー”を
しているとは聞いていた。
けれども、純粋なチーム力から考えて残留争いは
仕方ないにしても、結局降格をさせてしまったと
いう結果を見て、大木監督という人のイメージは、

”パスをつなぐ良いサッカーを見せても、結果が出せない”

だった。

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連覇を成し遂げ、戦力も充実していた横浜マリノスで
岡田武史監督は攻撃的なサッカーを試みるが、
まったく不発でさっさと辞任してしまった。
己の指導力では、それは無理だとその時悟ったのだろう。

その後は特に貪欲に指導法を学んだ形跡もない事から、
今回のような不測の事態がなければ、もしかしたら岡田監督
というものは、もう二度となかったのかもしれない。

けれども再び指揮を執る事になった時、岡田監督は自らが
果たせなかった野心を、日本の最高の素材が集まるチーム
で実現させるべく、大木コーチという選択も同時におこなった。
大木武も自らの理想のサッカーを代表チームで実現、
国際舞台で披露できると燃えただろう。

ただ二人の誤算(というか気付かなかった点)は、

・(国際的な)監督経験が不足していたこと。
・日本最高の素材が集まる代表チームだが、決定力
のある選手は致命的にいなかった。

といったところだろう。
そしてもうひとつ付け加えるならば、サッカーという
ゲームで勝利するための流れを見極めるための知識
や経験がない、といったところか。

アジア予選や親善指示ではそれなりにパスをつなげ、
選手もよく動いた。
カタール戦などでは上々の結果も出し、多くのファン
はもとより本人たちも(自分たちは凄い!)と考えた
のではないだろうか?

今回の不幸は、そこにある。

アジアでの戦いや親善試合では経験し得ない相手との
真剣勝負。その中での自分たちの立ち位置。
もっともオーストラリア戦やウルグアイ戦を見ていれば
それは把握できたはずだから、日本サッカー協会の
過失や怠慢とも言えるのだが・・・・

======================

野心や情熱を持つのは、もちろん悪い事ではない。
けれどもそれを、”代表チーム”という場でやって
良いものか?
それが私が、フランスワールドカップの頃から一貫して
批判している根拠である。

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