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2010-07-04

哲人の憂鬱

2010年 南アフリカワールドカップ
準々決勝
ドイツ代表-アルゼンチン代表

優勝はアルゼンチン、と思い込んでいた。
もちろん、マラドーナがいるからだ。

'96年のメキシコ大会はもちろん、続くイタリア大会でも
劣勢を予想されながらも決勝へ進出(この時はヨーロッパ
の大会だから、優勝できなかったのはしょうがない)。
電撃復帰したアメリカ大会でも暴れ始め、不当な圧力で
追い出すしかなかった(←妄想)。

今度は監督としてだが、マラドーナには変わりない。
選手の質も悪くはない。今の人たちには申し訳ないが、
メッシは”ピッチ内のマラドーナの生まれ変わり”
だった。
ともかく、理屈ではない。
マラドーナが監督なのだ。神の絶対的な力が、今回の
ワールドカップを制するはずだ------。

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けれどもドイツの前に、大差で完敗。
3点を取られてからは完全に心も折れていたはずだ。
韓国、メキシコ相手にもやや劣勢になる時間帯はあった。
チームは少し不安を覗かせたが、すぐに押し返した。
申し訳ないが強い、巧いとは言っても韓国、メキシコ
はそこまでのレベルの相手だった。

今回のアルゼンチン代表には、具体的な拠り所はなかった。
ただ良い選手たちが、過去の偉大な選手に信頼されピッチ
で力を発揮する。ただそれだけだった。
だから一級品の相手が先制点をあげ、良いサッカーを続けたら、
もうダメだった。

唯一の戻る場所、マラドーナはずっと物思いにふけっていた。
その姿は哲人とも言うべき高貴な佇まいに見えたが、何故だか
日本代表監督時代のジーコの姿がダブった。

神であるマラドーナの思考は読むことができないが、天才ジーコ
が考えていたことは想像できる。
(なぜあのシュートを決めれないんだ。俺がプレーできれば・・・)
同時にジーコは、この時に初めて、監督というものが選手時代とは
勝手が違う存在であると、実感したことだろう。

もしかしたらマラドーナも、そんなことを考えていたのかもしれない。
ただしひとつだけ違うのは、ジーコがピッチに立てば日本代表は
オーストラリアやクロアチアには勝てていたかもしれないが、この日
マラドーナがピッチに立ててもドイツには勝てなかっただろう、と
いうことだ。
それだけ今のドイツは、強い。

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theme : 2010年FIFAワールドカップサッカー
genre : スポーツ

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