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2010-10-21

今こそ”大らかな試合”を(前編)

『サッカー批評(48) 』に、1985年のキリンカップ、日本代表VS読売クラブ
の試合の回想が掲載されていた。
もう二十五年前の試合。
日本代表はメキシコワールドカップアジア地区一次予選を勝ち抜き二次予選
の香港戦を目前にひかえ、一方読売クラブは国内のタイトルを総ナメにして
いる時期だった。

読売クラブが1対0で勝利した試合だが、この模様を伝えたニュース番組で
「両チームの選手は、”こんな試合はやりたくなかった”と口を揃えました」
「ワールドカップ予選の最中という大事な時期だけに、選手の心境は複雑な
ようです」

とあったからやりにくい試合だったのはわかっていたが、今更ながら知る事実
も多くあった。

最も驚いたのがヨミウリの所属選手は日本代表を離れクラブからこの大会に
出場したのだが、話し合いも監督への連絡もなく主催者側が勝手に決め一方的
に発表していた、という事だろう。
当時の日本代表、森孝慈監督は今でこそ「アマチュアの大らかな時代だった
ということですよ」
と苦笑いをしたという事だが、内心は忸怩たる思いだった
事だろう。

今とは比べることもできないが、ワールドカップへの微かな光が見える中で
主力でありチームの生命線であるディフェンスライン、加藤久、松木安太郎、
都並敏史の三人を自分のチームで出せないという決定を与り知らぬところで
勝手に決められていたのだ。
また穿った見方をすれば主催者側は日本代表より読売クラブに価値を見出して
いたとも考えられる。
まさに踏んだり蹴ったり。
チームの長として、これ程の侮辱があるだろうか。

森監督は当時の読売クラブの指揮官、ルディ・グーテンドルフ監督にすぐ
連絡を取り三人を代表側でプレーさせられないか? と相談したそうだ。

「次はジャパンカップだ」
※この年から名称変更してジャパンカップ⇒キリンカップになったと思う。

グーテンドルフ監督はこの年の天皇杯を制した時のインタビューで
こう明言していただけに、グーテンドルフ自身はこの決定を歓迎、
あるいは関与していたのではないかと考えていたが、周囲に
「本当にこんな試合をしても良いのか?」と洩らしていたというから、
事実は違ったようだ。

いずれにしても、今では考えられない状況での日本代表と一クラブチーム
との公式試合。
”馬鹿馬鹿しい””大らかすぎだ”と今ドキの人たちには笑われるだろうが、
こうした試合を今こそ実現させて欲しいというのが今回の項だ。

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サッカー批評(48) (双葉社スーパームック)

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